清書用 本鳥製 全懐紙 全面金銀青金磨出風砂子 金銀中小切箔振り 
『墨乗り具合U』
下地は中色染の全体ぼかし、金・銀・青金の極小砂子(粉状)でぼかし風に撒いております。版木が有れば柄出しをする事が出来ます。又、自分で版を掘ればオリジナルの柄出しも行えます。木目のある板の上で猪牙を使えば木目を刷り出すことも出来ます。清書用加工を施してありますので、砂子の上でも墨の濃淡や髪の毛のような細い線も表現できます。
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全面金銀青金磨出風砂子 金銀中小切箔振り 解説・使用字母へ |
| 切箔砂子部分での墨の乗り具合の様子(金銀青金) 弱光を当ててる状態での見え具合(箔は実際の色に近い色) 柿茶色 百人一首 書 高木聖鶴(古典に出品した時の物とは使用字母の異なる部分が御座います) |
金銀彩料紙前半部分 墨の乗り具合Tへ |
| 柿茶色 |
参考 金銀青金砂子磨出風 書 高木聖鶴 解説・使用字母へ |
| 切箔砂子部分での墨の乗り具合の様子(金銀青金) 光を当ててる状態での見え具合 柿茶色 磨出し部分の光を受けての様子です。 通常ですと写真に写すと光を反射して文字がやや白っぽく見えてしまうのですが(1枚目の写真)、砂子の上に載っている墨が判りやすい様に撮影したものです。やや赤っぽく見えるのが、金砂子。やや青っぽく見えるのが青金砂子です。 通常は、1〜2ミリ角(主に1.5ミリ角前後)を振ったものが小切箔、2.5〜4ミリ角が中切箔です。 写真は光を当てて強調しておりますので、砂子は実際よりも大粒に映ってしまっております。 |
金銀彩料紙前半部分 墨の乗り具合Tへ |
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金銀青金砂子磨出風 縦横の線は布目入 書 高木聖鶴 解説・使用字母へ |
| 切箔砂子部分での墨の乗り具合の様子(金銀青金) 光を当ててる状態での見え具合 柿茶色 磨出し部分の光を受けての様子です。通常ですと写真に写すと光を反射して文字がやや白っぽく見えてしまうのですが(1枚目の写真)、砂子の上に載っている墨が判りやすい様に撮影したものです。(粉砂子は青金と銀との混合です) 砂子や切箔の上にもちゃんと文字が乗ります。墨の濃淡と背腹も確認できます。 |
金銀彩料紙前半部分 墨の乗り具合Tへ |
金銀青金砂子磨出風 布目入
金銀青金砂子磨出風 布目入
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| 装飾料紙 本鳥の子製 6寸×1尺6寸5分 金銀青金砂子磨出風 金銀中小切箔振 布目入 百人一首 書・高木聖鶴 。 かな 使用字母 解説・現代語訳へ
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| 「个」は「介」とすることも 「禮」は「礼」とすることも 「曾」は「曽」とすることも 。 現代語訳 解説 使用字母へ
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さるまるだゆう 猿丸太夫;平安時代初期頃の人と思われるが、詳細不明。三十六歌仙の一人で、古今和歌集・真名序に見える伝説的人物。 をじか 牡鹿;晩秋の交尾期になると雄鹿は盛んに鳴いて、他の雄に挑戦して雌鹿の気を惹こうとする。その鳴声は近くで聞くと、しわがれた唸り声に聞こえるが、遠くで聞くと哀れを催す寂しい声で、何となく物悲しさを誘う声に聞こえる。和歌ではよく妻や恋人を恋い慕う独り身の寂しさに喩えて詠われている。 ちゅうなごんやかもち おおとものやかもち えっちゅうのかみ 中納言家持;(=大伴家持)奈良時代の歌人で、三十六歌仙の一人。没落途上の旅人の子で、746年越中守として赴任、751年 を初め中央・地方の諸官を歴任し、延喜2年(783年)中納言となる。万葉集中に歌数が約480首と最も多く、その編纂者の一人にも擬せられる。繊細で感傷的な歌風は万葉後期を代表している。生年717年頃〜没年785年。 かささぎ はし えなんじ 鵲の橋;中国の淮南子に書かれてあり、七夕伝説と共に我が国に伝わり、和歌などの数多く詠まれた。季語は秋(陰暦の7・8・9月は秋となる) ししんでん へいあんきょうだいり せいでん ちょうが く じ だいごくでん 紫宸殿;平安京内裏の正殿。もとは朝賀・公事を行う場所であったが、大極殿の荒廃・焼失後は即位などの大礼を行った。正面は南側に面しており、九間の母屋の四方に廂が有り、殿の中央やや北寄りに玉座を設け、その東には御帳台、北には賢聖障子がある。北廟から廊で清涼殿に通じ、南廟には階が有って前庭に通じている。階の左右には、左近の桜、右近の橘がある。現在の京都御所のものは、安政2年(1855年)に建て替えられたもの。 ちょうが 朝賀;諸臣が参朝して天子に御喜びを申し上げること。又、元日に天皇が大極殿で百官の年頭の賀を受けた大礼。帝拝み。朝拝。拝賀などとも。 ページ |
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